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昨日、10月2日(日)の定期73H/73E運用(川越線電化20周年記念列車)をもって川越・八高線の103系3000番台が運用を離れました。
103系3000番台は、1985年の埼京線開業&川越線電化の際に川越(当時は一部大宮)〜高麗川間の区間運転用として仙石線で使用していた旧型国電72系970番台の足回りを吊り掛け→カルダン駆動化の上103系化した変り種車両で、当時はクモハ+モハ+クハの3両編成・非冷房でした。

その後1996年3月の八高線・八王子〜高麗川間電化の際に青梅線で使用されていた同じ72系改のサハ103-3000を組込み4両編成化、103系改の3500番台(既に廃車済)や新製の209系3000番台と共に八王子〜川越間を走り続けてきた訳です。

↓1996年4月・八高南線電化開業の年。満開の桜咲く金子駅に停まる103系3000番台ハエ51編成(既に廃車済)。
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↓2004年晩夏・早朝の入間川橋梁にて。
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ご存知のように、山手線へのE231系500番台投入によって置き換えられた205系は老朽化した103系を淘汰すべく首都圏の路線&仙石線に転属が決定、ご多聞に漏れず川越・八高線の103系3000番台もその対象になりました。そして最後まで残ったハエ53編成がこの日引退となった訳です。


↓所定の5編成が揃い、営業を開始している205系3000番台。
改造により取り付けられた運転台は新車のような印象。
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「川越線電化20周年記念列車」となった103系ハエ53編成は前後に違うヘッドマークが取り付けられ、自身の最期の花道を飾りました。

↓小宮駅に進入する672E。
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↓873E川越行き。東飯能駅自由通路より。
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この後、いったん西武の横瀬車両基地で行われたイベントへ移動(こちらは別途UPします)、午後に再び戻ってきました。
午前中も多くのファンが詰め掛けていましたが、午後になって人出はさらに増えたようで高麗川駅では狭い階段やホームがごった返していました。

↓川越方クハ103は、車両センター展示の際にも取り付けられた電化開業記念マーク。
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↓八王子方クモハ102は「ありがとう103系」マーク。こちらは前面Hゴムがグレーのままで、登場時の面影をよく残している。
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本当ならば川越線内の撮影ポイント等にも行きたかったんですが、横瀬との掛け持ちだったんで多くの時間を割けなかったのが残念でした。

八高南線は近所を走る路線であり、また金子駅近くにはわが家の先祖が眠る墓地もある事から103系3000番台にはよく乗りました。
よく考えれば「72系改造の103系」なんて珍車が身近で走っていて、乗る機会、撮る機会にも恵まれて良かったなぁ・・・と。
座席モケットの交換以外、客室内内装については更新工事を受ける事などありませんでした。正直、こんなにボロボロになるまでよく頑張ったな・・・と思います。

今日からはウグイス色一色の列車は来ませんし、首都圏からも消滅しました。しかし私の記憶の中にはいつまでも残る事でしょう。



103系3000番台よ、来世でまた逢おう・・・(つдT)
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☆☆↓の「マニ活日記vol,58 川越車両センター開設20周年記念公開に行く」・・・もドゾーご覧下さい。☆☆







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