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鉄道の話題

不運の車両、クハ201-3が廃車に

 ←ご近所の話題  (2005年12月20日号) →マニ活日記vol,76   郡山駅で「通勤型国電」に出会う
20日、三鷹電車区所属のクハ201-3が廃車回送されました。
クハ201-3とは、1988(昭和63)年に発生した中央緩行線・東中野での列車追突事故により廃車になった201系10両編成の内、1両だけ生き残った車両です。


晩年は営業運転に入る事も無く、たまにはクモヤに牽かれて区内を「散歩」する事もあったようですが、基本的には三鷹電車区の片隅でじっと時が流れ行くのを待っていただけでした。


予備車としての位置づけでしたが中央・総武緩行線は209系・E231系で統一され、また現在201系で運行されている中央快速・青梅・五日市線も来年度E233系の投入が決定した事から恐らく「もう不要」と判断されたんでしょう。「カナリア色」の201系は、ちょっぴり物悲しい形で最期を迎えました。


この日は仕事でクハ201-3の最後の姿を拝む事はできませんでしたが、幣ブログ運営をサポートして下さっているkazu_nakamuさんに画像を提供していただきました。


↓無念の廃車、クハ201-3。
k002_c.jpg



k003_c.jpg



↓豊田を後にし、大宮への還らぬ旅路へ・・・
k004_c.jpg


【すべてkazu_nakamuさん撮影・中央線豊田にて。】
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1988年12月5日(月曜日)

ほんのメモ代わりに書いた記事でしたが想定外の反響に、これは「ただ事ではない」と思い、昔の記録を引っ張り出してきました。題して「1988年12月5日(月曜日)」(読売新聞夕刊から)。小さくてちょっと読めないかもしれませんがご容赦ください、いかに大きな記事だったか
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