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マニ活日記

マニ活日記vol,666 さらば・・・ クモハ123-1「ミニエコー」(車両篇)

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続いてクモハ123-1「ミニエコー」車両篇です。。。

バスで小野駅に到着後、小野→辰野→塩尻とミニエコーに乗りました。


↓長いホームにメインルートだった時代の面影が残る小野駅。
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【以下、wikipediaより引用】
クモハ123-1は、中央本線の塩嶺トンネル完成に伴い支線化した辰野~塩尻間(中央本線辰野支線)の輸送力適正化を目的として、1986年に国鉄長野工場(現・長野総合車両センター)でクモニ143-1から改造された車両である。
松本運転所(現・松本車両センター)に配置され、同年11月のダイヤ改正にあわせて使用開始された。
車両愛称は「ミニエコー」と名付けられた。

走行関係の機器は種車のものを流用しており、主電動機はMT57で、直並列制御を行う。
将来のワンマン運転を考慮し、側面両端部に幅1,000mmの片開扉を設けた。側面窓は幅674mmのユニット窓となっており、一部の窓は種車のものをそのまま流用している。
ワンマン運転の設備は1990年(平成2年)に設置された。改造当初は冷房装置が搭載されていなかったが、1995年(平成7年)に集約分散式冷房装置(AU712形2基)が搭載された。
改造当初は白地(クリーム10号)に緑帯(緑14号)の塗装であったが、その後ローズピンクと白色のツートンカラーに変更されている。

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↓何度も改造を受けてきた証。
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↓電照式の愛称表示。
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↓103系や115系等非冷房車の冷房化改造の際に登場したAU712型冷房装置。現在は新潟地区の115系でしか見られない。
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↓車内は超!ロングシート(^^;)
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↓冷房化により改造された天井部分。
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↓整理券発行機と客室ドア鴨居部に貼られているワンマン列車の利用案内。
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↓いかにも国鉄型車両らしい運転台。
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引退までにもう一度辰野支線へ行きたかったんですが、残念ながら機会に恵まれず。
珍車・クモハ123-1「ミニエコー」はたくさんのファンや地元住民の方たちに見送られ、2013年3月15日で運用を終了し同日のうちに長野総合車両センターへ回送されました。

霜取りや構内入換用として残ってくれないか・・・と願っていたのですが、他ブログ様の情報によるとセンター内の廃車置場へ移動したとの事で、どうやら解体は免れられないようです(´・ω・`)



↓思い出のひとコマ
諏訪湖での新作花火大会開催の日、東京から応援にやってきた201系T118編成と。【2007年9月1日/筆者撮影】

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ありがとう、そして、さようなら「ミニエコー」・・・。

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~ Comment ~

ミニエコー 

もういないんですね。
諏訪湖花火の201との並びが懐かしいですね…。

Re:ミニエコー 

>>三鷹区浅倉派様

おひさしぶりですm(_ _)m
残念ながら、長総で解体されてしまいました。。。

もう少し長生きするかな・・・と思ってたんですけどorz
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